富士山マラソン

初のフルマラソン、富士山マラソンに参加した。
後のニュースで知ったことだが、スタートに間に合わなかった参加者が大量発生したレースだ。
朝日新聞デジタル:渋滞巻き添え、ランナー多数出走できず 富士山マラソン - 社会


前泊しようにも気づいた頃には既に周辺の宿泊施設はほぼ満室の状態。
なので、朝8時15分のスタートに間に合わせる手段をいろいろ検討した結果、日野市にある実家に前泊して電車で現地入りすることに。
[豊田駅]5:30発→[大月駅]6:20着、6:22発→[河口湖駅]7:14着
大月駅での乗換時間が2分しかなくて焦る。
中央線ではしっかり座ることができたのだが、富士急線は同じ大会に参加する人々で満員。体よじりながら50分ほど立って揉まれなくてはならず、マラソン前に体力の多くを削ぎ落とされそうで、まずテンション下がった。
時間通りに河口湖駅には到着。


ちなみに前もって会場の施設配置をしっかり頭に入れておかなかった自分の準備不足もあるのだが、いろいろな施設が離れ離れにあって、土地勘が無い人には位置関係がわかりづらく、道案内も不親切なように感じた。
まず、駅から出てすぐ脇になぜか早速参加賞引き換え所が。同じエリアに他に配置されているのは売店。参加者にとって参加賞引き換えは結構重要ポイントなので、他の重要施設(荷物預かりとか)と近くにまとめておいて欲しいし、逆に売店エリアはたいして重要でもないので、この配置が何かちぐはぐというか、疑問を感じたのだ。


ともかく、これもまた準備不足なことではあるのだが着替えもしていなかったので更衣所を探してみると、近くの小学校が更衣所になっているらしい。
案内看板に、会場までの道の途中にあるように書かれていたので、人の波に乗ってあまり注意せずに歩いていると、小学校らしい建物が見つからないままスタート地点付近に着いてしまった。
近くのスタッフに小学校の場所を聞いてみると、ずいぶん戻らなくてはならないようだ。時間もあまりなかったので、更衣所はあきらめて、道端で着替えることに。人が多すぎてかえって目立たなかった、と思う。


参ったのはこの後のこと。
僕は宿泊装備入りの大きめのバッグを持っていたわけだが、預かり所に持っていこうとすると、事前に配布されたビニール袋に入りきらない荷物は預かれないと、スタッフに止められてしまった。
で、どこに持って行けばいいかというと、さっきの更衣所のある小学校で有料で預かってくれるという。スタートまでほとんど時間がなかったが、この人混みの中で5、6時間も荷物をほったらかしにしておくわけにもいかないので、意を決して小学校に向かうことに。
小学校までは500メートルぐらいはあるだろうか。しかも結構重い荷物を持って、急な坂を登らなくてはならない。スタート時刻は刻一刻と迫っている。
下りてくる時には見逃していた小学校にようやく到着。玄関への道標も何もないのが不親切だ。
さらに追い討ちをかけるように、荷物の預り料が2千円するという。さすがの僕も不満が顔に表れたと思うが、スタッフの人に文句を言ってもしょうがないので、渋々払って荷物を預け、スタート地点へ急いで取って返した。
この時点で結構な体力を奪われた気がするし、気持ちもかなり萎えていた。


8時15分のスタートにはぎりぎり間に合ってスタート地点に到着。初マラソンなのにという不安はあったものの、ストレッチも簡単にしかしている暇がない。慌ててスタートの人の波に乗ると、ようやくマラソン大会が始まった気になった。

ぜんぜん気づいていなかったが、スターターは菅原文太だったらしい。
スタート地点には、東洋のオバマことノッチ氏が応援に駆けつけてくれていた。スタートまでにだいぶげんなりしていた気持ちが、なんだか和んだ。


絶好の好天の下、気温もあまり下がらず、コンディションは最高。スタートして1〜2kmあたりのコース上からは富士山がきれいに見えて、体力にも余裕があるし、スタートまでの萎えた気分はかなり払拭されて、とても気分よく走れた。


未知の距離に挑むので、ペースは日頃からはだいぶ落としてちんたら走る。
ちっとも進まないが、気にせずちんたら走る。


コースはやがて富士山眺望ルートを外れ、普通の田舎道に入る。
ところどころ、紅葉がきれいに色づいている。


ここからはあまり順を追って記憶していない。


エイドは、水、スポーツドリンクはデフォルト。他にチョコレートだとかラムネだとかバナナだとかが、エイドによってランダムではあるが用意されている。後半はほとんどのエイドでバナナがあったと記憶。
全体的にエイドの数、質は十分だったと思う。
35kmのエイドではうどんが配られていた。


途中、確かハーフ近辺だったと思うけど、西湖へ向かうルートが急な上り坂で、これには萎えた。


なんとかかんとか急な上りを越えると、西湖をぐるっと周回。
日向と日陰が交互にやってくるコース。日陰は寒いから早く出たいので走り、日向に出たら立ち止まったり歩いたり。そんなことを繰り返し。


30km過ぎたぐらいからは、景色に感嘆する余裕もなく、とにかくしんどかったことしか思い浮かばない。
歩いても走っても、ちっとも進まない。


残り2kmを切って、ゴールが近づいてくると沿道の応援の人も増えてきたが、それでもぜんぜん進まない。


フルを走ると何か違う世界が見えるとか聞いたこともあるけど、僕には何も見えてこない。


残り50メートルぐらい、ゴールの目の前で、ついに足がつりそうな感覚が起きる。
ここでリタイアなんて以ての外なので、何も起きないことを念じつつ、


初のフルマラソンゴール。


ゴール直後、よたって歩いていたら、医療ボランティアの学生さんに大丈夫ですか、と声を掛けられ、救急処置に甘えることに。
丁寧にマッサージしてもらって足のつりは解消。学生さんの親切な対応に、涙が出そうになった。
そういえば医療スタッフはコースの至るところで見かけたので、医療サポート体制はしっかり整えられていたように思える。


へたり込んで寝転がったりできるようなスペースもゴール直後にはなかったし、マッサージで足の状態は少し回復していたし、上着を預けてしまっていて寒くなってきたので、一通り水やらバナナやらをもらったら会場を後にし、帰宅へ向けて更衣所へ戻ることにした。
もう少し感慨に耽ったりもしたかったけど、そんな雰囲気でもない。


完走記念?にもらったメダルのようなもの。


帰りの電車はやっぱり混んでいたものの、なんとか座席を確保できた。
できていなかったら泣いていたかもしれない。
車内販売のビールは我慢した。


運営の改善を要望したいポイントはいくつかあったものの、概ね楽しめる大会だったんではないかと思う。


走っている時はもう二度とフルマラソンなんてやらないと思っていた。
今は、少しだけ、もう1回やってみてもいいかなとか思っている。
中毒にはまだならないけど。